2004年10月3日(日)
発病から2ヶ月余りの闘病を経て退院も間近と喜んでいましたが、この日の早朝5時、病院からの電話で 「呼吸停止・危篤」を知らされました。 夜明け前、病院までの車中の記憶は一切残っていません。 動転のあまり受け付けでICUは・・と言うところをCIAはどこですか?とか何とか言ったことだけ覚えています。 身支度をして通されたICUのベッドの上に、人工呼吸器の太いホースを口に差し込まれた娘の憐れな姿がありました。 点滴や尿の管、モニターの線なども体につながれていました。 ほんの10時間程前に「苦しい苦しい」と言い続けていた娘。後ろ髪引かれる思いで病院を後にした私供でしたがまさかこんな事態になろうとは・・。 先生の容態説明もそこそこに娘のところへ。 叫んでも揺すっても何の反応も示してくれませんでした。 先生に命だけは助けて下さいとお願いしても、保証は出来ませんとの答え。 辛い日々の始まりとなりました。
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