予防接種を受けるのが当たり前という価値観の方には、私たちが考えているような方向性は「エゴ」であり、それは公衆衛生にとって敵だというような、極端な意見の場合も多々ありますね。私もある掲示板で、予防接種を受けないような価値観は「バイオテロ」だというような意見を目にしたことがあります。> 予防接種をせずに伝染性の病気に罹った子は、予防接種を受けた子がうつると困るし、病院に行かなくても治るのだから、病院に来ないで欲しい。これはそもそも論理的におかしい意見だと思うのです。予防接種を受ける人は、その病気にならない「うつらない」ために受けるのですよね。それなのに「予防接種を受けた人にうつると困る」というならば、何のための予防接種であったのかそもそもの意味がわからない。また、「予防接種」をしていて、それでも感染した場合は仕方ないが、予防接種をしないで自然感染をした場合には、医療機関に来るななど、誰からも言われる筋合いがありません。予防接種は踏絵ではないのです。まして、予防接種の是非を考えることはとて医学的なことであり、接種をしない選択が、医療を否定していることにはなりません。ただ、だれであっても、例えば麻疹などの感染性の強い病気の疑いで受診する場合には、あらかじめ医療機関に連絡し、来院の時間などの指示を受けるのはルールだと思います。予防接種をしたくてもできない状況の方へ、感染させない最低の配慮はあるべきでしょう。これは接種を受けていても同であって、むしろ受けたことを免罪符に、配慮を欠く行為があってはならないと思います。> ・予防接種をうけずに伝染性の病気に罹った子の医療費は保険外診療にしてほしい。言っている本人はまじめなのでしょうが、ジョークのようで、結構笑えます。そーですね。いっそうのこと、薬の必要性が疑わしい、通常の風邪への薬の処方なども一律有料化して医療費を適正化するのが良いとでも書き込んであげればよいでしょう。冒頭の繰り返しになりますが、予防接種を肯定する方には、自分たちに社会的正義があると思い込んでいるところがある気がします。「私たちは公衆衛生のために、システムにのって、防疫の義務を果たしている」とでも言わんばかりです。そして、予防接種を否定する意見には、差別的とさえ思える感情論に至る場面も見受けられます。かりに感情論であるならば、そういう意見とやりあっても不毛ですから、そういう時には大切な時間は他のことにつかいましょう。