II.調査研究
3.成績
D.HI抗体価によって見た小学校のインフルエンザ流行
3)抗体価別感染率
〔表16〕は各期流行における抗体価別感染率を示したものである。分かりやすくするために,〔図13〕のごとく抗体価と感染率の関係を曲線をもって示した。
これらの曲線について検討の結果,次のようなことが分かった。曲線のパターンは,感染率によって見た流行規模とは大きな関係はない。B型の感染率曲線において見るごとく,64倍以下の抗体価において差が現れるのは,流行前の抗体価分布のパターンに関係がある。16倍以下の者の割合が大きい時には,B型の場合の1982年流行に対する1985年流行のようなパターンとなる。抗体価16倍のところで谷ができるようなパターンの曲線は,流行株に対して測定株の抗原性がかなりずれているような場合に見られる。特に1985年11月〜12月AH3N2型の場合は,A/Philippineにより測定しているが,この時の流行株は明らかに抗体価で2倍,検査法に基づく呼びかたで1管のずれがあると考えられる。そこでこの曲線を左方へ一目盛り平行移動すれば,その他の曲線と概ね重なり合う。
そこで,1985年11月〜12月AH3N2流行のみ,抗体価目盛を一目盛りだけ左方移動させる補正を行い,六つの流行の被検者数と感染者数とを合計して抗体価別感染率を求めると〔表17〕のごとくなる。この表を元に曲線を描くと〔図14〕のようになる。この時の流行前抗体価分布にあたる曲線は図中に破線で示したごとくなる。われわれの経験から言えば,まさにこれからかなりの規模の流行を迎える前の抗体価分布に相当する。
この図から分かることは,自然感染に基づく抗体価においては,128倍以上ではほとんど感染しない。抗体価64倍ではおよそ20%,32倍では45%,16倍では55%,<16倍では70%位の感染率であり,感染者全体として大まかに見れば,16倍以下の者が65%,32〜64倍の者が35%の割合ということになる。この曲線はあくまでもモデルであって,各抗体価とも感染率に±10%前後の変動はしばしば起こると見ておいた方がよい。
ここで注意しなくてはならないのは,上記の成績はワクチン非接種児童についての成績である点である。周知のごとく,HI抗体は血中IgGの一種であり,これが感染防禦の主役ではない。そして,感染防禦の主役と考えられるIgAや細胞免疫とHI抗体との関係も明らかではない。したがって,HI抗体価をもって免疫の指標とすることには慎重でなければならないであろう。
ただ,ワクチン非接種児童におけるHI抗体の存在は,同種ウイルスによる感染既往を示すものであり,高いHI抗体価は,比較的最近の感染既往を示すと推定することが出来る。それ故,この場合のHI抗体価は感染防禦と密接な関係を持つと考えることができよう。その様な観点から見る時,HI抗体価64倍以上はかなり強力な免疫の存在を,16倍以上は,感染既往を指示しているように思われる。
一方,不活化ワクチンは血中IgGだけを選択的に上昇させるから,ワクチンによるHI抗体価の上昇は,上記の成績と同様に考えることは出来ない。ワクチン接種者におけるHI抗体価は,感染既往とワクチン効果の合成であるから,HI抗体価の評価は複雑である。
即ち,ワクチン接種後のHI抗体価は,
1)感染既往の無い者に対するprimaryなワクチン効果
2)感染既往のある者の自然抗体
3)感染既往のある者に対するワクチンのブースター効果
の何れかを示していると思われるが,それ等を区別することは困難である。したがって,ワクチン接種群におけるHI抗体と免疫との関係を論づるには,この様な背景に考慮する必要があろう。
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