II.調査研究
3.成績
D.HI抗体価によって見た小学校のインフルエンザ流行
5)集団として見た抗体価分布の変動
今までの検討に用いてきたHI抗体価の一般的性質のうち,抗体価が流行と関連しながら時間とともにどのような消長を示すのか,二三検討したことについて述べたい。
言うまでもなく,個体的に見た抗体価の変動や流行時の免疫応答のパターンには,かなり大きな個体差が見られるのが常であるが,これらに関する問題はとりあえず捨象して,この項においても眼目は集団免疫において検討結果について述べることとする。
〔表21〕は,指定校5校における1982年1月〜2月B型流行時の感染者と非感染者を二つの群に分けて,それぞれ流行前から2年間4回の抗体価測定成績を元に,抗体価分布の変動状況を追跡したものである。抗体価は4回とも欠けることなく測定した者のみを選んだ。感染者群と非感染者群の被検者数が両方とも257人と一致したのは偶然である。
これを曲線によって描いたものが〔図19〕である。
左側の図は,感染者群の流行前・流行後・その後の抗体価分布の変動を示したものであり,右側は非感染者群の同じ時期のものである。
非感染者群の流行後の抗体価分布のパターンを見ると,ある程度流行の影響を受けていることが分かる。それは,感染の判定を抗体価4倍以上の上昇によって行ったからであって,実際には,非感染者群の中に,抗体価が4倍以上上昇しなくても感染した者が少しは含まれていることを示す。しかし今はそれは無視することとする。
さてこの図において,左上の図から順次下に目を進め,右側に移って右下の図に至ると,初めの抗体価分布曲線に戻ったと感じられるであろう。実は別の群であることはあらかじめ分かっているわけだが,抗体価分布変動の様子から経験的に推量すれば,左側上から二番目の流行後の抗体価分布のパターン,すなわち抗体価256倍にピークを持つ山型の曲線から,元の流行前の右に傾斜したパターンの曲線に戻るのに,約3年間かかると見られる。言い換えれば,3年もすれば再び同じ位の流行を迎えてもよいような抗体価分布に回帰するということである。もちろん抗体価分布がそれだけで,流行の発生と規模を規定するとは言えないことは確かであるが。この推定を裏付ける事実として,たとえば,A1型の抗体価の平均的低下状況を見ると,当然のことながら抗体価が高いほど低下の割合は大きく,HI抗体価の常用範囲において,その関係は指数関数的であって,半対数グラフに描けば直線的関係が得られる。
そこでB型についても,〔表21〕より平均抗体価を求めて,横軸に暦日を取って半対数グラフに減衰曲線を描くことにより,半減期約10か月,流行前の元の状態に戻るのに約2年7〜8か月の結果を得た。これは経験的予測とかなりよく一致する。
その他の型についても,同じ測定株による抗体価により,いずれ後で検討して見る予定でいるが,とりあえずA3型について,各期流行における感染者・非感染者別流行前抗体価分布について検討して見た。
その結果は〔図20〕に示す通りである。細かいことは省略するが,平均抗体価によって見て,両群の間には2の0.6〜1.8乗の範囲の差があるが,指定校5校における1982年1月〜2月B型流行と1985年11月〜12月A3型を比較すると,抗体価分布のパターンには大きな違いがあるが,両群の平均抗体価の差は2の1.2および1.0乗と大差はなかった。要するに,力価一定の抗体を仮定すれば,相対濃度において,非感染群は感染群に対してざっと2倍の抗体を保有していると考えられた。生じている事情は,型によらず同様とかんがえられそうであるが,この問題については,さらに今後検討を要すると考えている。機会を得て,また発表したい。
再三述べていることであるが,HI抗体価だけから引き出した数値をもって,きわめて多くの因子が関係し,きわめて大きな多様性を持つインフルエンザ流行についてあまりに一般化した議論を続けることは危険なことであろう。とは言え,インフルエンザ流行における集団免疫状態に対するHI抗体価による分析には,それなりにある程度の整合性のあることは,十分窺われる。
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