III.われわれの見解
2.インフルエンザ不活化ワクチンの宿命

インフルエンザは上気道粘膜を場とする感染であるから,血中抗体で感染を防ぐことは困難である。粘膜表層における感染阻止については,IgA及び細胞免疫が重要な役割を持つと考えられている。しかるに,不活化ワクチンはIgAを産生しない。細胞免疫に就いては,Reissらは誘導しないといい,山田等は誘導の可能性を示した。また,Stuart-Harrisは,「不活化ワクチンは接種前に抗体を持たない者には僅かな免疫刺激きり与えないのに対し,自然感染は不活化ワクチンより幅広い防禦能を与えるから,多少の変異に耐える」とし,生ワクチンの必要性を強調している。

ワクチンによる血中IgGが,インフルエンザの重症化を防ぐと仮定しても,上気道粘膜のウイルス増殖を妨げないのなら,学童は依然としてウイルスを排出し,流行阻止には役立たない。もち論,感染免疫が不完全ながら持続することを考えると,半減期の短いIgAが感染防禦の総てではないと思われるが,粘膜でのウイルス増殖を不活化ワクチンで抑制出来る証明がない現在,流行阻止にこのワクチンを使用する根拠は乏しいと言わなくてはなるまい。

更に,問題はウイルスの変異である。このように激しく変異するウイルスを不活化ワクチンで追い掛けるのは,正に至難の技であろう。現に,近年の流行に於いて,抗原型の一致は殆ど得られていない。

型が一致しなければ,無効,またはそれに近いことは,このワクチンの悲劇であるが,その上,このワクチンはPrimeになり得ない,ブースターに過ぎないのではないかという指摘もある。所謂抗原原罪説は広く認められているが,山根らは,1977〜1978年にソ連型に感染した児童では,ワクチンによって良好な抗体価上昇が見られたが,感染しなかった児童では,抗体上昇に乏しかったことから,booster効果は期待出来ても,ワクチンはPrimeになり得ないのではないかと述べている。そして,1979年の成績も同様であったと小田切らは報告している。本県内において,布施らは,吾妻郡下中学校での成績を統計学的に検討し,ワクチンによるHI抗体価上昇は平均すると一管程度にとどまるとした。これも,感染歴によるものではないかと推定される。

このことも,不活化ワクチンの効果を限定すると考えるべきであろう。特に,不連続変異に対し,Primeになり得ないワクチンでは対応出来ないと言う危惧があるからである。


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