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麻疹の死亡率 〜 80人と言われていますが、本当? | 一般的に言われている「麻疹の死亡者は年間80人」に対して、「それは違うんじゃないの?」という説明です。掲示板の No.600 から始まるスレッドをまとめなおしたものです。
まずは、80人という数字の出所は、↓と思われます。
中島一敏,他:日本の麻疹患者数,重症者数,感受性人口の推定.第5回日本ワクチン学会学術集会(熊本市),2001年10月
この論文にアクセスすることはできませんが、以下のページで推計の片鱗を窺うことができます。
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2002dir/n2509dir/n2509_05.htm
ここでは、以下のように説明されています。
『大分医大の中島一敏医師や筆者らは,全国の定点サーベイランスからの報告が2万2497例であった2000年の麻疹報告症例数を1998-1999年の沖縄県における麻疹流行時に採られたデータをベースに換算し,同年の全国麻疹全患者数を約16万(11-22万)人,重症例数を肺炎4855例,脳炎55例,死亡88例と推定した。』
この文面だけでは推計方法が分かりませんが、いずれにしても、サンプルをもとに算出された「推計値」であることが分かります。これについては、これ以上深入りできませんから、とりあえず置いておきます。
ところで、もっと簡単に麻疹の死亡者数を調べる方法があるのです。それは、厚生労働省が作成している『人口動態統計』を利用する方法です。
人口動態統計というのは、死亡した際に必ず作成される死亡診断書を、日本全国、全部集計した「全数調査」です。サンプルをもとに母集団を推計しているのではなく、日本全国漏れなくカバーしているわけです。
この統計で麻疹の死亡者数を調べると、ここ数年は毎年10〜20人。80人という数字からは大きくかけ離れています。ついでに書くと、小学生以下の子供は、そのうち半分の5〜10人。
サンプルをもとにした推計値と、全数調査による統計は、どちらが信頼できるでしょうか。もちろん後者です。だったら、話は早い。人口動態統計を根拠に、麻疹の死亡者数を10〜20人とみなしましょう。
ところが、人口動態統計を利用する際に、一つ注意すべき点があります。それは、死亡診断書が正しく作成されていない可能性がある、ということです。
ここで、死亡診断書について、ちょっと詳しく説明しておきます。死亡診断書の「死亡の原因」欄は、以下のような構成になっています。
I (ア) 直接死因
(イ) (ア)の原因
(ウ) (イ)の原因
(エ) (ウ)の原因
II 直接には死因に関係しないがI欄の傷病経過に影響を及ぼした傷病名等
そして、人口動態統計で採用する死因は、「原死因」と定義されています。つまり、I直接死因の(ア)〜(エ)までのうち、一番下の欄に記載されている傷病名です。
麻疹にかかったあと肺炎になって死亡した場合、正しくは、
(ア) 肺炎
(イ) 麻疹
のように書かれるべきです。これであれば、人口動態統計の死因も、きちんと「麻疹」に分類されます。
でも、間違えてか、早とちりか分かりませんが、(ア)の欄に「肺炎」と書き、(イ)の欄には「麻疹」と書かない可能性もあるようです。こうしたケースが多いと、人口動態統計による麻疹の死亡者数は、過小にカウントされていることになります。
しかし、これだけの理由で、10〜20人が80人にまで膨れ上がってしまうのでしょうか? 麻疹が原因で死亡したときに、その事実に到達できず、(ア)の欄に「肺炎」などと記入してしまうケースが、一体どれくらいあるというのでしょうか。死亡診断書が、そんなにも適当に作成されているとは思えないのです。
では、次に、この点を調べてみましょう。検証に使うのは、80人死亡説に使われている沖縄県での流行の事例です。資料はこちら。
http://www.kenko-okinawa.jp/eikanken/syoho/shoho34/masin.pdf
沖縄県で麻疹流行があったのは、1998年8月から1999年9月までの1年間です。人口動態統計を調べると、沖縄県で麻疹が原因で亡くなった人の数は、1998年に1人、1999年に3人と記載されています(ちなみに1995〜1997年はゼロ)。一方、「1998〜1999年に起こった沖縄県での麻疹流行」によれば、そのときの麻疹患者数は2,034人、死亡者数は8人。この論文の数字をベースにすれば、8人の死亡者のうち、4人は死亡診断書が正しく作成され、人口動態統計にカウントされている、と推論できます。つまり、死亡診断書が正しく作成されている割合は50%。したがって、人口動態統計から実際の麻疹死亡者数を推計するには、だいたい2倍すればよい、ということになりそうです。年間20〜40人くらいですね。そのうち、小学生以下の子供は10〜20人。
ここで注意しなければいけないのは、推計元となっている麻疹流行が沖縄県(とりわけ離島地域)という狭い地域に集中しているという特殊性です。つまり、このケースでは、麻疹対応に関わった病院・医師の数も少ないはず。とすれば、たまたま死亡診断書を正しく作成しない一人の医師が、人口動態統計にカウントされていない4人の主治医だった、という可能性も考えられます(むしろ、その可能性の方が高いような...)。
もしそうであれば、全国平均でみれば、死亡診断書が間違って作成される割合はもっと低くなり、実際の麻疹死亡者数も人口動態統計に近い数字にまで下がってきます。もちろん、逆の可能性もありますが、「たまたま死亡診断書を正確に記載する医師が多かった」なんて考えたくないですよね。。。なお、先の論文では、正しく「麻疹で死亡した」と認識されているわけですから、本当に麻疹と気付かなかった可能性は排除でされます。
統計分析を行う際には、注意しなければいけないポイントがいくつかあります。特定の数値を推計するには、なるべく信頼すべき統計をベースにしなければなりません。とある流行時の情報だけから全国ベースの推論をしてしまうと、その流行の特殊性を増幅するリスクが大きくなります。とくに、サンプル数が少ない場合には、その傾向が強くなります。
ついでに、もう一つ。ネットで検索すると「年間約80人の子供が麻疹で命を落としています」といった説明に出くわすことがあります。でも、80人という推計は子供に限っていないんですよね。人口動態統計でも、半分は中学生以上で占められています。思い込みがあると、データを都合良く解釈してしまうという好例でしょう。
【結論】
人口動態統計をベースに考えれば、20〜40人と推計される。小学生以下の子供に限れば10〜20人。80人という麻疹死亡者数は、相当の過大推計になっている可能性が高い。
【余談】
改めて驚くのは、1998年から1999年にかけての沖縄県での麻疹流行時の死亡率の高さです。患者数2,034人に対して8人も死亡したということは死亡率0.4%と計算されます。これは、これまで私が目にしたどの死亡率の数字よりも高いものです。一体なぜでしょうか?
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