III.われわれの見解
3.インフルエンザワクチンによる感染防禦
2)群分けの問題−学校での調査

学校の場でワクチン効果を調査する時,ワクチン2回接種完了者,1回接種者,非接種者に分けて観察するのが普通である。法定接種下では止むを得ないことであるが,この様な群分けは,計画的に行なわれるわけではない。「たまたまそうなった」という形の群分けである。したがって,「非接種者群」は,有病者,接種禁忌の者,その日に欠席した者,接種を拒否した者等の集合であって,被接種者全集団とは異なった特質の集団と見なければならない。この母集団の偏りに注意しないと,判断を誤ることになろう。

例えば,芝田らの成績を見ると,インフルエンザ罹患率は,2回接種者24.6%,非接種者40.0%で,ワクチン有効率は38.5%になるが,同時に調査したインフルエンザ以外の発熱感冒は,2回接種者51.0%,非接種者73.3%であった。即ち,ワクチンは,30.4%の有効率でインフルエンザ以外の発熱感冒を防禦したことになってしまう。これは,母集団の偏りに起因すると考えることが出来よう。

われわれが図7に示したごとく,全校非接種の集団を傍らにおいてみれば,そのことは明瞭になる。接種校の非接種群の罹患率は,非接種校の罹患率より高く,接種校全体の平均罹患率は,非接種校の罹患率と殆ど同じであった。(II−3−C参照

非接種群は,(ワクチン効果と無関係に)欠席が多く,発熱もし易い集団であることを念頭において,成績を評価すべきであろう。

それにも拘らず,一学校での有効率は決して高くはない。箕輪ら44.4%,芝田ら1981年38.5%,1982年4.7%,1983年73.%,1984年26.7%,山中ら11.9%,織田ら0%,織田等11%,大賀ら10.0%という具合である。さらに,松原らは「1985年B型流行に際しては,2回接種者と非接種者の間に罹患率の差は認められなかった。」と言い,山本らは1977〜1978年の流行について,「接種群に発症がすくない,あるいは症状が軽かったという成績は得られなかった」とのべ,布施は,中学校三校の成績について統計学的検討をして,「ワクチン接種,非接種で部分的に有意差が出るが,全体像でみると,有意差はなかった」と結論している。

一般に,ワクチンは,有効率70%を実用化の目処にしている。これに対し,学校を場としたインフルエンザワクチンの有効率は,余りに低いと言わなくてはなるまい。しかも,年度により,地域により大差が見られる。インフルエンザにしても,普通感冒にしても,変動の激しい流行病であるから,当然のことかもしれない。言い換えれば,流行を修飾する程の効果はワクチンにはない。たとえ統計学的に効果を認め得る場合にも,年度間変動,地域間格差の中に埋没してしまう程度のもの,ということになろう。

低い有効率に対する反論として,接種率を高く保つことによって,これをカバー出来るとする意見がある。しかし,桜田らは,1978年の調査において,92.8%という高い接種率の集団においても,69.5%の感染があったことを報告している。また,松原らは,「1983年の調査からは,接種率80%の学校45校の平均罹患率24.7%に比して,60%以下11校の平均罹患率は31.4%で,著しい差は認められなかった。」としている。

われわれは,群馬県下の小学校を対象に接種率と欠席率との関係を調査したが,接種率を上げれば欠席率が下がるという関係は認められなかった。もともと,学校保健に携わる教師や校医は,接種率を上げることに苦心を払ってきた。それにも拘らず,流行を阻止出来ない苛立ちがあった。現場のこうした実感を,空理空論で葬ることのないよう,厚生省当局の科学的姿勢を望みたい。


[前へ-上へ-次へ]