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前橋レポート
 
  
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II. 調査研究

1. 目的と背景

インフルエンザ不活化ワクチンが実用に供せられるようになって約30年,わが国において特別対策事業として学童に集団接種が実施されてすでに23年を経過している。そして1976年に予防接種法改正に伴い法定接種となってちょうど10年になる。

元来,わが国のインフルエンザ予防接種対策の考え方の特徴は,このワクチンが個人防衛の効果にはかなりの限界があることは承知の上で,学童に集団接種を行うことによって,地域の流行を抑止しようという社会防衛の観点に立っていることである。その前提として,学童が先駆けて流行を起こし,地域に流行が波及するという考え方がある。このようなポリシーに立ってインフルエンザワクチンの集団接種を学童に対して強制的におこなっている国は,世界に日本を除いてはない。

このようなワクチンポリシーは,それなりの説得力を持っていたし,その導入にあたっての当時の判断は正当性をもっていたと思われる。しかしながら,時の経過と共に,事情が変化し,それに伴って,過去の経験が通用し難くなるのも止むを得ないところである。そのような事情から,次の諸点について再検討の必要が生じたとわれわれは考える。


  1. インフルエンザ流行における学校の役割。ワクチンが登場した30年前と現在では,社会の状況に大きな変動があった。交通の発達や経済活動の活発化に伴って,人々の行動範囲は急速に拡大した。その中で,多くの伝染性疾患の伝播速度はスピードアップされるようになった。インフルエンザにおいても,全国一斉に同一ウイルスが浸透する傾向が顕著になった。これは,ウイルス伝播における成人の役割が増加し,相対的に学童の役割が低下したと考えるべきであろう。

  2. 流行の状況。ワクチンが実用化されてから30年,法定接種になってから10年を経過したが,その間,流行は休みなくくり返している。これをどう見るか,という問題である。学童に接種することにより,社会をインフルエンザから守る事が出来るという証拠がないままに,これ迄のやり方を固守するのは無理があるのではないか。

  3. 接種対象の選定。周知のごとく,学童のインフルエンザは重症化することは希である。インフルエンザによって不幸な転帰をとるのは,60歳以上の高齢者か,疾病により免疫力の低下した者に限られている。にも拘らず,健康学童に接種し,ハイリスク者に接種しない現行方式に問題はないであろうか。

  4. 抗生剤の進歩。インフルエンザによる死亡の大半は肺炎であるが,その殆どは,肺炎球菌,ブドウ球菌,インフルエンザ菌による細菌性肺炎であり,これは抗生剤で治療し得ることが明らかになった。

  5. 免疫学の進歩。インフルエンザのように,病変が粘膜に限定され,ウイルス血症をおこさない疾患においては,分泌型IgAが感染防禦の主役であることが知られるようになった。そして,感染によっては産出されるIgAが,不活化ワクチンによっては出現しないことも明らかにされている。


以上,五つの課題は,ワクチン使用開始時には想定し得なかったものである。したがって,過去の考え方にとらわれることなく,現時点の資料によって検討されなくてはならないと考える。

前橋市が,市医師会の勧告に基づき,集団接種を中止し,われわれが研究班を組織して,この調査研究に取り組もうとした背景と経緯には,下記のような事情がある。

1948年予防接種法の制定以後,前橋市医師会は,前橋市の予防接種事業に全面的積極的に協力して来た。1969年市医師会長は市長との間で予防接種委託契約を締結,1972年には医師会内に予防接種委員会が発足した。以来,この委員会には,医師会委員のほかに,常時市の予防接種担当課職員が出席して開かれてきた。委員会の任務は,予防接種法に基づく接種が円滑に実施されるように,具体的な方法について打ち合わせることも重要なものの一つであったが,さらに,厚生省から県を経て送られて来る通達についても十分検討し,被接種者が安全にかつ最高の効果が得られるようにするにはどうしたらよいか,についても意見をまとめ,それを医師会執行部である理事会に具申するのも重要な役割であった。必要に応じて,保健所その他の予防接種関連機関の長もしくは担当者の出席を,医師会担当理事の要請により迎えて,協議することもしばしばであった。すなわち,医師会は常に行政と緊密な連係を保ち,専門家としての指導性を発揮し,市はよくその意義を評価して,直ちに実施に移した。そのような関係の伝統的な積み重ねがあったのである。

たとえば,前橋市における過去の二三のユニークな活動事例をあげるとすれば,1974年12月死亡事故により三混接種が一時中止された時,1975年4月の厚生省からの再開通知に対しては,委員会で検討の結果,再開は見合わせとした。しかし,その年の12月には,医師会員に依頼して百日咳の実態調査を行い,その結果に基づき,1976年2月には全国に先駆けて三混第2期を再開している。

また,麻しんの予防接種については,1978年麻しんワクチンが法定定期接種となると,その年の12月には,一歳から六歳までの全対象者に全額公費負担で実施することにした。翌年2月からは麻しんワクチンの副反応調査を広く行い,結果は厚生省予防接種研究班に送った。そして,1980年には,天然痘絶滅の年に合わせて,麻しん根絶を目指して,「麻しん撲滅運動」の開始を提案し,これは医師会長名をもって市長に要望書が送られた。市はこれを受けて「麻しん撲滅宣言」を発し,運動を開始し現在に至っている。

また,1979年には接種漏れ者をなくすため,風しん予防接種を中学3年生から2年生に引き下げ,確実な免疫を付与するために,接種前に2年生全員に抗体価検査を行い,陰性者に対して接種を行い,さらに接種者は3年生になって再び抗体価検査を行い,陰性者についてはもう一度接種をする方法を取っている。

インフルエンザについては,1976年予防接種法改正により,学童に対する法定定期の集団接種が始められてからも,医師会は市に積極的に協力した。しかし,膨大な時間と労力をかけながら,インフルエンザの流行は毎年年中行事のごとくやってきた。

1977年7月,当時の予防接種委員会委員であった由上修三,桑島茂夫,八木秀明等(現班員)は,学校における接種率とインフルエンザ様かぜの発生率の関係を調べ,日本小児科学会群馬地方会に「インフルエンザ予防接種の効果について」と題する報告を行い,ワクチン効果には疑問があり再検討の時期に来ているのではないかと述べた。(〔資料1〕参照

なお,市医師会では,〔表1〕に示すごとく,1975年から年に1〜3回,専門の学者・研究者を招いて研修会を開き,予防接種一般に関する知識を深めるとともに,とくにインフルエンザワクチンに対する評価を聞いてきた。大方の意見は,やらないよりはやったほうがまし,と言ったものから,あまり効果は期待できないとするものまで,ニュアンスに多少の差はあったが,おしなべて高い評価を下した人は,福見秀雄氏を除いてはいなかった。ただし,海老沢功氏だけは,世界のウイルス学者あるいはワクチン専門家の意見として,日本のような学童に対する集団接種の有効性について,まったく信頼を置いていないことを述べて,わが国のインフルエンザワクチンポリシーを批判した。

このような経過の中で前橋市は,群馬地方会に報告後,保育所・幼稚園の接種を中止,1979年高校の接種を中止した。主な理由は,前者にあっては,効果の割には副作用の恐れが高いこと,後者にあっては,効果がはっきりしない上に,この年齢層ならば,体力的にはかかってもあまり心配ないこと,学校医の負担が大きすぎること,どうしても接種を希望するものは,任意接種を受ければよい,ということであった。

1979年11月,小中学校における第一回接種時に,ある小学校の5年生の男児に,接種した夜からけいれん発作を繰り返す副反応例が発生した。当時の新聞は,北海道の集団的副反応の発生や,新潟県における死亡事故の発生を報道していた。これがきっかけとなり,第二回以降の接種を中止した。(〔資料2〕参照

翌年10月,インフルエンザ予防接種の時期を間近に控えて,接種再開の是非について医師会長からの諮問を受け,予防接種委員会が開かれた。

討論の末,基本的状況は昨年度接種を見合わせにしたときと変化していないこと。インフルエンザワクチンの効果は不十分であるとする我々の見解を訂正する新たな資料は乏しいこと。前橋市において,以前からワクチン接種を行っていなかった幼稚園・保育所にインフルエンザが特に多いという事実はないこと。昨年の中止によって,前橋市にインフルエンザが特に多発したという事実はないこと。以前からインフルエンザワクチン接種を中止している安中市や吾妻郡(一部)に,インフルエンザが多発したとは考えがたいこと,などの理由により,「昨年決定した『インフルエンザワクチンの接種を一時見合わせる』を変更する理由はなく,又その必要もない。」との答申書を,委員長高橋統一(班員)名で当時の医師会長山下豊氏に提出した。これを受けて医師会理事会も慎重な検討を重ね,その理由を付して,「本年度も昨年に続き,学童に対するインフルエンザワクチンの集団接種を見合わせることが適当であると認めます」との意見書を市長宛に送った。その後も同様なことが繰り返されて,接種は再開されることなく現在に至っている。

さて,接種見合わせの決定を下したあとの委員会において,果たしてインフルエンザの予防接種を止めたままでよいだろうか,止めた結果どうなるか,かえって流行は大きくなるということはないだろうか,われわれの判断は正しかったことをいかにして証明するか,それには今後の流行状況を調査する必要があるのではないか,との提案がなされた。その調査は流行の予測に役立つであろうし,ワクチンを接種しない状況下において,流行を押さえるためにはいかにしたらよいかを考えるためにも,役に立つであろうと考えられた。

提案は全員の賛成が得られた。しかしこの活動を,予防接種委員会だけで行うわけにはいかないので,別に調査研究班を結成することにした。そして,当時の医師会予防接種委員会が中心となって,趣旨に賛同する学校医,直接集団接種の対象となっている小中学校の関係の人達や市教育委員会の人達,そして市・県・大学にあって地域の流行性疾患対策に実際に関与し,ないしは大きな関心を抱いている人達に参加を呼び掛けることとした。こうして誕生したのが当研究班である。第一回班会議は1981年4月に開かれ,班の名称は「インフルエンザワクチン効果に関する研究班(通称:インフルエンザ研究班)」とし,班長に由上修三を選出した。

以上のような背景と経緯のもとに班の活動は開始されたわけであるが,われわれが自らこのような調査活動をしなければならないと考えるに至った根本には,もうすでに長いこと学童にたいする集団接種が実施されて来ながら,ワクチン効果には多くの疑問があり,にもかかわらずその疑問に答えられる実証的な評価に乏しく,このままでは責任の持てる理由をもって接種再開に踏み切るわけにはいかないとの認識があったからである。

 
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