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III. インフルエンザワクチン集団接種に関するわれわれの見解

ワクチンの効果には二つの側面がある。一つは被接種者個人の感染防禦であり,二つは集団に対する流行阻止である。繰り返し述べたごとく,われわれの関心は児童,生徒に対する集団強制接種の有用性にある。したがって,流行阻止効果が検討の主題である。しかしながら,個人に対する感染防禦効果が十分強力であれば,(例えばポリオのように)それは直ちに流行阻止につながる可能性があるから,両者は全く別個の問題ではない。不幸にして,インフルエンザワクチンの感染防禦効果は不十分であり,その上,インフルエンザは他のウイルス性疾患と異なる特性を持つ流行病である。そのため,感染防禦効果と流行阻止効果を区別して論じなくてはワクチンの有用性を論ずることは出来ない。以上のような事情を踏まえて,インフルエンザワクチン集団接種に対するわれわれの見解を整理しておきたい。

1. インフルエンザの特殊性

インフルエンザが麻疹や水痘と異なるのは,次の諸点であろう。

  1. 爆発的な流行を毎年のように繰り返すこと。
  2. 上気道粘膜に限局した病変で,ウイルス血症を殆どおこさないこと。そのため,潜伏期が短いこと。
  3. ウイルスが激しく変異すること。
  4. 免疫成立が不完全で,且つ持続が短いこと。

このため,インフルエンザの流行を阻止するには,他の疾患と異なる対策が必要である。インフルエンザが爆発的に流行を繰り返すのは,ウイルスの感染力が強力である一方,感受性者が多いためである。感染しても,獲得される免疫が不完全で,且つ持続が短いのは,ウイルスが上気道粘膜に限局してウイルス血症をおこさないためと考えられるが,このため,感染既往があっても,感受性者でありつづけることになる。だから,もし,ワクチンで感染を防ぐとすれば,人口と同量のワクチンが必要になってしまう。その上,ウイルスの変異があって,毎年違うワクチンを製造しなければならない。この様な事情から,不活性化ワクチンを流行阻止に使うのは実際的でないというSabinの意見11)12)もある。

これに対し,わが国の考え方は,学校をインフルエンザウイルス増殖の場と捉え,学童,生徒にワクチンを接種することにより,社会全体を防衛しようとするものである。この考えが成立するためには,幾つかの前提条件が必要なことは前に述べた。しかし,インフルエンザ流行阻止の突破口をここに求めなければならなかったのも,インフルエンザという病気の特殊性に由来するのであろう。

2. インフルエンザ不活化ワクチンの宿命

インフルエンザは上気道粘膜を場とする感染であるから,血中抗体で感染を防ぐことは困難である。粘膜表層における感染阻止については,IgA及び細胞免疫が重要な役割を持つと考えられている。しかるに,不活化ワクチンはIgAを産生しない13)。細胞免疫に就いては,Reissら14)は誘導しないといい,山田等15)は誘導の可能性を示した。また,Stuart-Harris16)は,「不活化ワクチンは接種前に抗体を持たない者には僅かな免疫刺激きり与えないのに対し,自然感染は不活化ワクチンより幅広い防禦能を与えるから,多少の変異に耐える」とし,生ワクチンの必要性を強調している。

ワクチンによる血中IgGが,インフルエンザの重症化を防ぐと仮定しても,上気道粘膜のウイルス増殖を妨げないのなら,学童は依然としてウイルスを排出し,流行阻止には役立たない。もち論,感染免疫が不完全ながら持続することを考えると,半減期の短いIgAが感染防禦の総てではないと思われるが,粘膜でのウイルス増殖を不活化ワクチンで抑制出来る証明がない現在,流行阻止にこのワクチンを使用する根拠は乏しいと言わなくてはなるまい。

更に,問題はウイルスの変異である。このように激しく変異するウイルスを不活化ワクチンで追い掛けるのは,正に至難の技であろう。現に,近年の流行に於いて,抗原型の一致は殆ど得られていない。

型が一致しなければ,無効,またはそれに近いことは,このワクチンの悲劇であるが,その上,このワクチンはPrimeになり得ない,ブースターに過ぎないのではないかという指摘もある。所謂抗原原罪説は広く認められているが,山根ら17)は,1977〜1978年にソ連型に感染した児童では,ワクチンによって良好な抗体価上昇が見られたが,感染しなかった児童では,抗体上昇に乏しかったことから,booster効果は期待出来ても,ワクチンはPrimeになり得ないのではないかと述べている。そして,1979年の成績も同様であったと小田切ら18)は報告している。本県内において,布施ら19)は,吾妻郡下中学校での成績を統計学的に検討し,ワクチンによるHI抗体価上昇は平均すると一管程度にとどまるとした。これも,感染歴によるものではないかと推定される。

このことも,不活化ワクチンの効果を限定すると考えるべきであろう。特に,不連続変異に対し,Primeになり得ないワクチンでは対応出来ないと言う危惧があるからである。

3. インフルエンザワクチンによる感染防禦

先に述べたごとく,感染防禦効果が十分強力であれば,そのワクチンに流行阻止を期待することが出来る。われわれは,集団接種のポリシーを検討する一環として,現行ワクチンの感染防禦効果を知りたいと考えた。

ワクチンの効果について,“型が一致すれば”80%の有効率を持つとしばしば言われているが20),型が一致することは希なのであるから,この数字を実際に当てはめることは出来ない。しかも,年々数多く発表される調査報告は,その成績にバラツキが多く,判断に迷うことも多い。

これも,インフルエンザという疾患の難しさに起因するのであるが,その問題点を2,3検討しておきたい。

1) 罹患をとるか,感染をとるか

ワクチン効果の指標として,罹患をとるか,感染をとるかによって,効果判定に著しい相違がみられる。通常は罹患調査が行なわれるが,この場合,他の感冒のまぎれ込みを防ぐことは困難である。

抗体変動により感染を調査することは正確であるが,この場合にも問題は存在する。その一つは何を指標とするかである。通常行なわれるHI抗体を測定した場合,抗体価の高い群では,感染しても抗体上昇をみとめず,このため,ワクチン効果が高く計算されるという指摘がある。

即ち,本間ら7)の調査によれば,HI抗体で計算したワクチン有効率は44.2%であったが,この値は実際の内容を反映しておらず,NP抗体から得た15.8%が実際に近いという。

もう一つの問題点は不顕性感染である。われわれの調査によれば,抗体上昇を示しながら,症状を呈しなかった者が,各流行期に20%程度存在した。これらの者をどう扱うかは,成績に重大な影響を与える。感染があっても,発病しなければ,インフルエンザと診断することは出来ない。個人防衛の見地からは,不顕性感染者は「守られた」と考えて良いはずである。しかし,一方,これらの者はウイルスを排出する可能性があるから,流行阻止の上からは無視出来ない。(われわれも無症状の者からウイルスを分離している。)

一方,罹患率を調査する場合には,欠席調査が中心となるが,この場合,如何にして他の感冒性疾患を除外するかが問題である。発熱を条件とするのが普通であるが,この場合でも,箕輪ら5)は38℃以上をとり,本間らは21)は37℃以上の発熱をインフルエンザとすることで実状に合致するとしている。何れをとるにせよ,こうした方法で欠席者の中からインフルエンザの濃い群を抽出することが出来そうである。しかし,この場合にも,症状調査に用いられるアンケートの不確かさという問題を抱えることになる。更に,不顕性感染に代表される軽症者の見落としも無視できない。

それ故,何れの数字をとるにしても,相対的指標に過ぎないことになるが,そうした限界を弁えた上で,出来るだけ真実にせまる努力をしなければならないであろう。

われわれは,学校に於ける流行の指標として欠席率を用い,保護者に欠席の都度,症状を記入した欠席票を提出して貰うことでこれを補った。

更に,感染調査としてHI抗体を測定した。もち論,われわれの調査も完ペきではない。しかし,流行の実態をかなり正確に把握し得たと考えている。

2) 群分けの問題−学校での調査

学校の場でワクチン効果を調査する時,ワクチン2回接種完了者,1回接種者,非接種者に分けて観察するのが普通である。法定接種下では止むを得ないことであるが,この様な群分けは,計画的に行なわれるわけではない。「たまたまそうなった」という形の群分けである。したがって,「非接種者群」は,有病者,接種禁忌の者,その日に欠席した者,接種を拒否した者等の集合であって,被接種者全集団とは異なった特質の集団と見なければならない。この母集団の偏りに注意しないと,判断を誤ることになろう。

例えば,芝田ら22)の成績を見ると,インフルエンザ罹患率は,2回接種者24.6%,非接種者40.0%で,ワクチン有効率は38.5%になるが,同時に調査したインフルエンザ以外の発熱感冒は,2回接種者51.0%,非接種者73.3%であった。即ち,ワクチンは,30.4%の有効率でインフルエンザ以外の発熱感冒を防禦したことになってしまう。これは,母集団の偏りに起因すると考えることが出来よう。

われわれが図7に示したごとく,全校非接種の集団を傍らにおいてみれば,そのことは明瞭になる。接種校の非接種群の罹患率は,非接種校の罹患率より高く,接種校全体の平均罹患率は,非接種校の罹患率と殆ど同じであった。(II−3−C参照

非接種群は,(ワクチン効果と無関係に)欠席が多く,発熱もし易い集団であることを念頭において,成績を評価すべきであろう。

それにも拘らず,一学校での有効率は決して高くはない。箕輪ら23)44.4%,芝田ら24)1981年38.5%,1982年4.7%,1983年73.%,1984年26.7%,山中ら25)11.9%,織田ら26)0%,織田等27)11%,大賀ら28)10.0%という具合である。さらに,松原ら29)は「1985年B型流行に際しては,2回接種者と非接種者の間に罹患率の差は認められなかった。」と言い,山本ら30)は1977〜1978年の流行について,「接種群に発症がすくない,あるいは症状が軽かったという成績は得られなかった」とのべ,布施31)は,中学校三校の成績について統計学的検討をして,「ワクチン接種,非接種で部分的に有意差が出るが,全体像でみると,有意差はなかった」と結論している。

一般に,ワクチンは,有効率70%を実用化の目処にしている。これに対し,学校を場としたインフルエンザワクチンの有効率は,余りに低いと言わなくてはなるまい。しかも,年度により,地域により大差が見られる。インフルエンザにしても,普通感冒にしても,変動の激しい流行病であるから,当然のことかもしれない。言い換えれば,流行を修飾する程の効果はワクチンにはない。たとえ統計学的に効果を認め得る場合にも,年度間変動,地域間格差の中に埋没してしまう程度のもの,ということになろう。

低い有効率に対する反論として,接種率を高く保つことによって,これをカバー出来るとする意見がある。しかし,桜田ら32)は,1978年の調査において,92.8%という高い接種率の集団においても,69.5%の感染があったことを報告している。また,松原ら29)は,「1983年の調査からは,接種率80%の学校45校の平均罹患率24.7%に比して,60%以下11校の平均罹患率は31.4%で,著しい差は認められなかった。」としている。

われわれは,群馬県下の小学校を対象に接種率と欠席率との関係を調査したが,接種率を上げれば欠席率が下がるという関係は認められなかった。もともと,学校保健に携わる教師や校医は,接種率を上げることに苦心を払ってきた。それにも拘らず,流行を阻止出来ない苛立ちがあった。現場のこうした実感を,空理空論で葬ることのないよう,厚生省当局の科学的姿勢を望みたい。

3) 継続調査の必要性

インフルエンザは,毎年に違った顔で登場する。その上,感染既往が流行を修飾するから単年度の調査で真実を捕らえることは困難である。

Hoskinsら33)は,7年間にわたって同一小児にワクチンを接種しつつ観察した。初めてワクチンを接種した年は有効であったが,次の流行の時には,最初のワクチンが次の変異株ワクチンの効果を制限するため効果が見られなかった。そして,結局,全期間を通して見ると,接種群と非接種群に罹患率の差が見られなかった。このことから,「driftがあっても,自然感染で免疫になった子は防がれる。新型が出現した時,その型のワクチンを注射すれば効果があるが,その効果はshort-livedである。次に出現する変異株のワクチンが効かないから結局は罹患してしまう。小児に毎年ワクチンを接種することは no long term advantage である。」と結論している。

この研究にたいして園口ら34)は,「罹患率調査であることが問題」と指摘している。感染率でみれば,感染免疫はそれ程持続しない筈という意見である。しかし,われわれは,同一児童におけるHI抗体価測定を5年間継続し,自然感染による免疫がかなり良く保たれることを証明した。(II−3−D参照

一方,Smithら35)36)は,post office従業員について5年間観察した。彼等はワクチンを接種する局としない局とを設定し,病欠調査を行なった。その結果,ワクチン群の方が欠勤率が低く,ワクチンはコスト的にひきあうと計算された。しかし,欠勤率の低下は,インフルエンザ流行期以外にも見られたので,ワクチンにより健康及びインフルエンザに関心が高くなった結果(placebo effect)かも知れないとした。そして,「インフルエンザワクチンは良い結果を得たが,インフルエンザ阻止効果は弱い。少ないとしても,ギランバレーのような副反応のあることを考えておかなければならない。副反応が起こり得ることを労働者が知れば,(それが医学的にワクチン効果を打ち消すほどのものでないとしても)ワクチン接種は受入れられないであろう」と述べている。

ワクチンの実用的価値を決める上で,この様な継続調査が極めて大切であると思われる。インフルエンザは,過去の流行37),気象条件38),生活習慣39),社会情勢等によって修飾され,年々その様相を変える。これに対して単年度調査で対応していると,「効いたように見える年」と「効かないように見える年」とが交互に現れて判断に迷うばかりである。

われわれが,同一学童を5年間にわたって追跡した理由もここにあった。その結果,ワクチンを止めても大きな流行にならないこと,感染免疫がかなり保持されること,等を知ることができた。

4. 感染免疫の役割

インフルエンザの感染免疫は,他のウイルス性疾患に比し弱いとされている。しかし,1977年,20年ぶりに再登場したH1N1型に対し,20歳以上のものは抗体を保持しており40),流行は20歳以下の層に拡大した。このことは,感染免疫が弱いながらも保持されており,それが,流行を強く修飾していることを示すものであろう。また,自然感染による免疫は,多少の変異に耐えることが知られている。インフルエンザウイルスが連続変異を繰り返して,凡そ10年で不連続変異するのは,人の感染免疫に対応するものであり,ワクチンによる免疫によるものではない。つまり,10年の間に総ての人が2〜3回の感染を経験し,その免疫能は最早流行をおこし得ないレベルに達してしまうのであろう。

われわれは,5年間の追跡調査において,前回の同型感染が(かなりの抗原変異に拘らず)強い感染防禦効果を示すことを立証した。そして,感染を繰り返すことによって,それが更に強化されることを見た。(II−3−D参照

Hoskins33)の成績を見るごとく,感染防禦は過去の感染歴に左右され,ワクチンによる修飾は一過性に過ぎないと考えるべきであろう。大山ら41)が,1979年のH1N1型流行について,「ワクチン接種とは無関係に,今回の流行は前回流行を免れた地域の25歳以下のものに限られた。」とのべているのも,同様の所見である。

前年と同型のウイルスが持ち込まれた年には,流行は小さくなる。そして,この時には,ワクチンと流行株の抗原が一致するわけであるが,ワクチンが流行を抑えたわけではない。ワクチン効果を論ずる際,このことも忘れてはならないであろう。

小児は感染を受けつつ免疫を身に付け,同型のウイルスに対して抵抗力(感染しない,または感染しても発病しない)を持つようになってゆく。この過程は,ワクチン接種の有無と無関係であろうと思われる。それ故,学童自身にとっては,ワクチン接種は利益にならないのではないかと,われわれは考えている。

5. インフルエンザワクチンによる社会防衛

インフルエンザの罹患率の高いのは学童期であるが,インフルエンザによって重篤になるのは,乳幼児と老人に限られている42)。健康学童にワクチンを接種する日本の戦略は,学校に於ける流行を抑えて社会へのインフルエンザ伝播を防止し,以てハイリスクグループを守ることにある。果たして,この戦略が可能であろうか。これが,われわれの最大の関心事である。

こういう戦略に立って学童に集団接種を強制する以上,この可能性についての研究がなければならない筈であるが,残念ながら,日本にそのデータはない。

1979年,米国の調査団が来日し,日本のワクチンポリシー及び流行状況を詳しく調査した43)。その結果,(1)日本のワクチンプログラムが,インフルエンザの伝播,罹患率,および死亡率にどのような影響を与えるか,明らかではない。(2)日本のようなプログラムを,実行することが可能だとしても,それによって良い結果が出ると予測することは困難である。と結論している。

一方,Montoら44)は,ミシガン州のTecumsehCity(人口7500)で学童にAホンコン型ワクチンを接種し,間もなく襲ったAホンコン型流行に於いて,市民の呼吸疾患を調査した。その結果,隣接のAdrianCityに比較して,呼吸器疾患の増加率が1/3に抑えられた。しかし,2ケ月後に流行したB型インフルエンザでは両市の間に差がなかったという。

日本のポリシーが日本で証明されず,米国で根拠を得るというのも皮肉なことであるが,Montoらの研究は良く計画されたので,高く評価されるべきものであろう。ただし,この成績を直ちに日本に当てはめるには,幾つかの問題がある。その一つは,この実験がホンコン型が出現した直後の1968〜1969冬の流行であり,流行するウイルスを予測出来,したがって,型が完全に一致したことである。これは,滅多にないチャンスをとらえた実験であって,「例年」の流行に対する「毎年」の接種を代表することは出来ない。しかも,ワクチン接種初年度の成績であるから,継続して観察すれば,Hoskinsのような結果に終わる可能性も残されているのである。

もう一つは,これが,田舎の小集落での実験であることである。日本のように人口密集し,交通の激しい国と実情が余りにかけ離れていることに注意しなくてはならない。

日本においては,インフルエンザは,全国一斉に流行する。これを「学童による伝播」で説明し得ないことは明白であろう。

園口ら45)は,1976年ホンコン型流行を熊本県下で調査した際,感染児童の家族105名を調査し,うち28名(27%)が学童より早い発病であったことを見た。また,ウイルスも分離された。このことから,「本県では正月休みに流行地からの帰省者がウイルスを持ち帰り,家族に感染させ,県下の広地域に潜在流行を起こしていたことが考えられる。冬休みあけの開校と同時に,家庭で感染した複数の学童の感染源が,一つの学校に持ち込まれたため,同校に集団発生をおこした。同様のことが,県下各地でおこったことが,短期間に集団発生の多発をおこしたものであろう。」と結論している。園口部長は永年の経験の中で,この様なことはなかったと述べておられるから,これが,近年の日本の社会情勢の反映と見ることが出来るかもしれない。

いずれにせよ,学童へのインフルエンザ不活化ワクチン集団接種によってハイリスクグループを守り得ると言う保証は得難い。集団接種を正当化する根拠として,ワクチンの症状軽減効果を挙げる人があるが,これは問題のすり変に過ぎない。

インフルエンザワクチン集団接種にとって問題なのは,実の所,感染でも罹患でもない。ワクチンを注射した児童が,ウイルス排出を止めるか否かである。これについて,現在の所,明確な答えはない。大山ら41)は,1978年H3N2型について,ワクチン接種群22例中9例から,そして,非接種22例中11例からウイルスを分離した。また,菅谷ら46)は,1983年H3N2型流行について,学童及び幼児について調査し,学童8例,幼児11例のウイルス分離陽性例を得た。このうち,学童3例,幼児2例はワクチン既接種者であったという。

これらのことから,感染防禦,罹患防禦等の効果と,流行阻止効果とは区別して考えなくてはならないことが知れよう。学童にワクチンを接種することで,ハイリスクグループを防衛するというポリシーは,多分に哲学的で,科学的根拠を欠いているように思われる。

われわれは,ワクチン集団接種を止めてから5年間,調査を続けてきたが,ワクチン中止により,前橋市でインフルエンザ患者数,流行期医療費,超過死亡,学童罹患率の指標すべてにおいて,流行激化の徴候を認めなかった。また,学童の欠席曲線を検討すると,全国の流行が大きい時は前橋市の流行も大きく,全国の流行が早く始まる年には前橋もまた早く始まるという具合で,流行の規模も,パターンも,時期も,全国と並行していた(II−3−A参照)。小地域の観察ではあるが,ワクチンを止めても,さしたる変化はないと考えてよいと思われる。ワクチンによって「守られている」という思い込みを捨てて,虚心にワクチンの社会防衛機能を測定するべきであろう。

6. ハイリスクグループヘの接種

健康学童への接種は,我国だけのポリシーである。諸外国においては,専らハイリスクグループへの接種が勧められている。我が国も,そうした方向に転換すべしと言う意見は多い。

例えば,水谷44)は,「この様なワクチンで,社会防衛を果たして行くことは,現実的には極めて困難と考えられる。現行ワクチンでは,感染を完全に阻止することは困難であるが,罹患時の症状を軽減させる効果はあるようであるので,ハイリスクの人達や,一時的にでもインフルエンザに罹患すると困る人達を主な接種対象にして行くべきではないかと考えられる。」と述べ,北山47)は,「学童集団接種の有効性についてであるが,果たしてインフルエンザの流行緩和に有効な手段として働いているのか,その解析は困難であり,また,明確な解答も今日まで得られていない。学齢期の小児が最も高い罹患率を示すことや,流行が学童から始まり,流行増幅的役割を果たしていることなどについても,流行によって必ずしも同一ではないし,実際の社会での流行阻止,罹患率や超過死亡の減少に対する正確な具体的なデータも残念ながら得られていない。」と結んでいる。また,座談会の記録で48)はあるが,木村三生夫の「被害を受け易い人を守ると言う方式も,日本でも,もう少し取り入れたらいいのではないか」という発言に対し,平山宗宏は「私個人は,私の父親にはワクチンの注射をするけれども,私自身や子供にはやらない。」答えている。

また,高橋ら49)は,インフルエンザによる高齢者の死亡について免疫学的解析を行ない,インフルエンザによる若年者の死亡は著減したが.65歳以上は増加しているとし,高齢者をインフルエンザワクチンの対象にすることを検討しなければならなと主張している。そして,同氏等は,高齢者にワクチンを接種して,約半数にHI抗体上昇を見たという50)。また,基礎疾患を有するもの51),血液透析患者52)への接種を試みた報告もある。

インフルエンザワクチンで流行を阻止することは困難としても,症状を軽減する可能性が有るとすれば,学童への強制接種を止めて,高齢者,有疾患者に接種を奨励するべきかもしれない。しかし,この場合でも,ワクチンの非力が気になるところである。

先に記した,米国調査団報告書43)で,「USAではハイリスクグループにワクチンを接種することが勧められている。然し,この場合にも,短期間の観察による防禦効果に基づいており,毎年ワクチン接種を行なった場合インフルエンザ関連の死亡を減らせる証拠はない。何方にしても,注意深い長期間の研究が必要であろう。」と述べ,水谷53)が「医学的にみれば,インフルエンザ罹患時,特に重症になり易い人々,すなわち,老人や小児,結核,気管支喘息,糖尿病患者などが対象になろう。ただし,これらの人々は副作用にもとくに敏感と考えられるので,HAワクチンの実用化後副作用が激減したとはいえ,慎重な接種が望まれる。」と指摘していることも,傾聴に値しよう。

7. インフルエンザワクチンの副反応

われわれはインフルエンザワクチンの副反応について調査していない。ただ,班員の一人由上が,1970年までの医学中央雑誌によって,原著として報告された予防接種副反応例を調査した際,インフルエンザワクチンによるものとして,脳炎3例,急性視神経炎3例,中心性網膜炎1例,横断性脊髄炎1例,眼障害1例,ショック死2例の計11例を収集した54)55)。このうち眼障害の1例はブドウ膜炎に黄斑部萎縮を伴ったものである56)。また,視神経炎の3例は,前橋市医師会,元会長青木豊が報告したものである57)。これ等の報告から,インフルエンザワクチンの副反応が神経系に集中する傾向がうかがわれた。その後,1976年ブタ型インフルエンザのワクチンで,ギャンバレー症候群の多発が米国で報ぜられ58),衝撃を受けた。

わが国では,1972年から,HAワクチンが採用され,副反応は希になったと考えられるが,それでも,予防接種健康被害認定患者中26%を占め,ワクチン中最多となっている59)。また,角田60)によれば,入院を必要とする副反応は,注射25000回に1回と計算されるという。これを,人口27万人の前橋市に当てはめると,接種率80%で年間3人程度になり,決して少ない数ではない。そして,この中には重篤な神経障害が含まれる可能性がある61)62)63)

8. まとめ

健康学童への集団強制接種によって,社会をインフルエンザから防衛するという,我国独自のポリシーには,多くの疑問がある。明確な根拠を欠くまま,従来のやり方に固執するのは賢明ではあるまい。

社会防衛から個人防衛へ,集団接種から個別接種へとスタンスを変えるべき時期に来ていると思われるが,それを行なうにしても,今のワクチンは非力に過ぎるようである。いずれにしても,十分な検討を経て,方向を見定め,その方向に沿ってより効果的なワクチンの開発に向かうことが私達の願いである。

 
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